2014年12月16日火曜日

メガネレンズ、くもりの科学

メガネレンズ、くもりの科学 


 飽食の時代に自ら模範となるような食生活を実践している人を、朝のラジオで紹介していました。
彼の名前はスクワイヤーさん(国は忘れてしまいました)。Naturalist[自然主義者]と呼ばれている人
です。現代の車社会において人だけでなく、世界中で多くの動物が交通事故で死んでいます。彼は
この動物たちをそのまま捨ててしまうのはもったいないと考えました。そして、事故死の動物を拾って
食べ始めたのです(ゲー!)。動物の種類別による美味しい調理方法も研究しました。例えば、リスは
肉を細切れにして(拾った時に、既に細切れになっていることもある)バーベキューにします。ヘビは小
麦粉をまぶして、油で揚げるとチキンのような味で美味しいそうです。


 さて、爽やかな話題のあとは、「レンズのくもり」について考えてみます。「くもらないメガネはありませんか?」と、お客様からよく聞かれます。食事中、スポーツの時、外から部屋に入った時、周囲の変化でメガネはよく曇ります。曇らないメガネはできないものでしょうか?。実は以前から販売されています。防曇(ぼうどん)レンズという名前のプラスチックレンズです。しかし、商品として致命的な欠点があり、一般にはほとんど販売されていません。それは、レンズの表面が非常に軟らかく、キズ付き易いという性質です。歯科医師はマスクをして治療する際に、メガネがとても曇りやすいそうです。この防曇レンズを先生に使ってもらったところ、半年もたたない間にレンズはスリガラスのようになってしまいました。この防曇レンズは表面に親水性の皮膜をコーティングして、水蒸気が結露しにくい構造をしていますが、この皮膜が軟らかいためにキズ付いてしまうのです。
 冬場、朝の電車に乗るとメガネをかけている人は車内に入ったとたんにレンズが真っ白に曇ることがあります。一方夏場、冷えたビールをテーブルに置くと、同じように曇ります。これらは相対湿度と露点温度により説明できる、結露と呼ばれる現象ですが、自然界の霧(移流霧)が発生するメカニズムと同じ現象です。
霧発生のメカニズム
「移流霧」
移流霧は空気のかたまりが水平に移動することをいう気象用語です。鉛直方向に動くものは対流です。暖かい空気が温度の低い地表面(海面)上に移動し、冷やされてできる霧のことで、日本付近の暖かい黒潮の上にあった空気が南よりの風とともに北上し、冷たい親潮海流の上で冷やされる海霧が典型的な移流霧です。これは冬場の朝の電車でレンズが曇ったり、冷蔵庫から出したビールビンが曇る現象と同じです。親潮海流がレンズ、黒潮海流上の暖かい空気が電車内の空気に相当します。

「放射霧」
晴れた夜、地表は赤外放射(地表が赤外線を放出して地表が冷える)により冷え、それに接した空気の温度が下がり、明け方霧が発生するもの。この現象は地表そのものが冷える、というところに特徴があります。
「蒸気霧」
冬、寒い戸外で吐く息が白く見えるのと同じ現象です。水蒸気を多く含んだ暖かい空気が、まわりの冷たい空気と混合して飽和に達した場合です。温泉町の白い湯煙、紅茶の湯気も同じです。

「前線霧」
風呂場でシャワーの暖かい水滴が蒸発し、空気が過飽和になり、余分な水蒸気が霧粒となったものです。温暖前線で相対湿度が増したところへ高温の雨粒が落下したときに発生する霧です。

「上昇霧」
山腹に沿って空気が上昇すると断熱膨張のため空気の温度が下がり空気中の水蒸気が結露してできる霧です。この現象ではスイミングゴーグルが曇る原因を説明できます。体温で暖められたゴーグル内の空気がプールの冷たい水で冷却され、結露する状態です。


これらの霧はレンズが曇るメカニズムには直接当てはまらないものもありますが、くもりについての正しい認識を教えてくれる自然現象です。
 このように、レンズの曇りは”湿り空気の中に、その空気における露点温度以下の物質が入ったとき”と説明できます。レンズに接している空気の相対湿度が100%を超えようとした時、水蒸気が水滴に変化し、レンズ表面に付着した状態です。レンズ表面に均一の厚みで付着すれば曇りは生じませんが、水滴は水の表面張力によって半球状に無数に付着し、レンズに入ってきた光を散乱させ、曇りを生じます。
くもりを止める
基本的には、次の3つです。
(1)表面に親水性の皮膜を貼る。
(2)接触角を小さくする。
(3)接触角を大きくする。
(1)はレンズ表面に親水性高分子を コーティングしたり、貼り合わせたりするもの。
(2)は水滴の接触角を小さくする方法で、海面活性剤を塗ったり、コーティング加工して結露した水滴を広げ、平らに濡れることで防曇性を持たせるもの。
(3)は(2)の逆で、接触角を大きくすることにより、結露した水滴を玉にして表面からころげ落ちるようにした方法です。ハスの葉から雨水が玉になって落ちるものです。



メガネの曇り止めとして市販されている液は(2)の接触角を小さくする方法です。今後は(1)や(3)の接触角を大きくする撥水加工の技術が注目されています。近い将来くもらないメガネが製品化される可能性は大きいですが、物理法則に従う「くもり」の自然現象を克服するのは、かなり困難な問題です。